商店街の主人たちの思いのままをつづるひとりごとコーナー。連載で登場しますのでお楽しみに!

ほんの少し歩を伸ばせば琵琶湖。相模川に添って上れば茶臼山。
膳所城跡の城下町に私は生れ、育ちました。
父は信州から来ました。母・祖母・姉・弟の六人家族、ごくごく平凡なサラリーマンの家族で、父は菊を愛し、ひらかたの菊花展で毎年入賞しておりました。
家族みんなで、土造りも手伝いましたし、ひらかたパークでの一日は、家族にとっては年に一度の大イベントでした。
父のボーナスの出たときは、丸物・大丸・高島屋・そして、すみれ寿し・鴨川ずしで何を何個食べても良い、最高に贅沢の出来る幸せな日なのです。
そんな楽しみも、小学校高学年までで、大きくなるとそれぞれが違う楽しみを見つけて、京都に揃って出かけることも無くなりました。

神様からのご褒美(?)なのでしょうか、どうした事か、二十三歳で京都の中心地の寺町御池の商家に嫁ぐ事になりました。

自然に恵まれ、休みもきっちりと有る『大黒柱』としての父は、威厳があり、関東弁で躾は厳しかったけど、まじめで多趣味でした。
優しい母は、何事も包み込んでくれる温かさと、父と同じく趣味を沢山嗜み、現在も書・水墨・短歌を楽しむ素敵な母です。
私の大好きなおばあちゃんは、きれい好きで、いつも雑巾を持って歩くような人で、決して人の悪口を言わない笑顔の優しい女性でした。
二十歳で未亡人になって、一人で母を育て、厳しい躾と勉強を強いたようです。
お陰で母は、病気もせず元気な子に育ち、どんな事を聞いても答えてくれる母となった様です。
そんな厳しかった祖母ですが、私たち孫には何の苦労をしてきた人かと思う位、穏やかで可愛いおばあちゃんでした。

五盛会双六
画・佐々木麻里

そんな家から商売人のところに嫁いで来たのです。
それも、毎日がボーナスの日を思い出す様な、京都の町・街・町…………
考えた事も、想像した事もありませんでした。神様のいたずらなのでしょうか?
古書籍商ということで、小学校より学んでいた、書道と華道がつづられている…………
という淡い希望と「きっと!!」と勇気づけて嫁ぎましたが………それは………?

一年で子どもも授かり、街の生活に浸りかけていたころ、大津の父が京都に来て言いました。
「高島屋・新京極を歩くのに、つっかけ履いてそんな格好しないできちんとしなさい。
もし、買ってもらえないんだったらお父さんが買ってあげるから。」…………と
生活臭丸出しの私に…………私にとっては、高島屋も新京極も近所なのだけれど、父から「歩いている人達は、みんな最高のお洒落をして京都にいるんだよ。」と。
それからは、心してお洒落をし、今では最高の楽しみになっています。
お亡父さん!ありがとう!

結婚三十年を過ぎて、子どもも手が離れ、夫婦の時間を大切にと、大阪・神戸へ度々出かける様になりました。
「ほっこり」して京都に帰って来ると、鴨川のせせらぎ、三条大橋、大文字山、東山の峰々になぜか心が「ほっ……」とします。
以前、里帰りしたら、自然の空気と時間がスローにゆったりと流れているような気分がして「アー 幸せ!」と思っていたのに、今では、鴨川の空間と周囲の山々が「おこしやす!」と迎えてくれる最高の京都の街に住める幸せと、「やっと、私も京都人や!」と感じる一瞬が大好きになりました。

執筆者:竹苞書楼夫人 佐々木麻里

■ バックナンバー
その1  お寺と子供たち
その2  おばあちゃんたちの原宿
その3  2003年8月の地蔵盆
その4  大正の寺町通り、五盛会(ごせいかい)
その5  幸せって?!
その6  わいど!ABC
その7  祭りの思い出
その8  便利な物とはわかっているけど
その9  まちのサンパツ屋さん
その10 ご近所さん
その11 休日
その12 なごみの薬
その13 ちょっとうれしい体験をしました。
その14 45オブジェ