商店街の主人たちの思いのままをつづるひとりごとコーナー。連載で登場しますのでお楽しみに!

便利な物とはわかっているけど
先日、ある幼稚園の前を通りかかると、小さな女の子が門から出てきて
「もう終わったから迎えに来て」と携帯電話で話しているのを見かけた。
凄い世の中になったものだとある意味感心する。
この子はメールも打てるんだろうか?

私は携帯電話でメールは打たない。と言うよりも打てない。
どうも小さな画面を覗き込むようにして小さなボタンを何度も押すのが面倒になる。
もちろんパソコンではメールは打つが、出来るだけ電話をかけるようにする。
私もたまに大都市圏に出張に行く。そして、そこの電車にも乗る。
一昔前までは、新聞、雑誌などを読んでいる人が多かったのだが、
最近は座っている人のほとんどが携帯電話を開いている。
みんな無言で感情のない機械の音だけがやたら鳴っている。
毎日乗っている方は当たり前の事なのだろうが何か異様な光景に見えてくる。


実は数カ月前に携帯電話を換えた。
以前使っていた電話のバッテリーがなくなったからだ。
近くの店に行くと、ポイントがたまっていた様で、
無料で新しい機種に交換してくれた。
厚い説明書を読むのがこれまた一苦労だ。
別に欲しいとも思わないのにカメラが内蔵されている。
今まで携帯電話で撮った写真など、ほんの10枚くらいだ。
まして今流行っている動画などほとんど興味もない。
やっぱり、私にとっては「電話はかけられれば」
というだけの機械かもしれない。

年に一、二度 友人、親戚の結婚式に招待される。
幸せそうな二人のケーキカットなどでは、チャンスとばかりに前に出て行き撮る。
でもほとんどが携帯電話で撮っている。これも私にとっては異様な光景だ。
これだけいろんな機能が内蔵されていると、
財布の次に身につける物になっているのではないか?
もし携帯電話を持ち歩けなくなったら、ほとんどの人が不安で仕方ないのではとさえ思う。
どうもメールというのは、便利だけど相手に感情が伝わりにくい様に思う。
例えば、「はい」という一言でもいろんな意味に取れる。
積極的なもの、消極的なもの、元気のあるもの、仕方なしに返事をするもの……色々ある。
でも文字にすると「はい」だけだ。
だから記号、絵文字などでフォローするのであろうが。

電話というと、私は青春時代、
好きな女の子の家に電話をかけるのもスゴイ勇気が要った。
その勇気を振り絞ってダイヤルを回しても今度は、
「お父さんが出られたら……」などと思い、「本人でありますように」と祈ったものだ。
そんなドキドキ感、女の子が出てくれた時の安心感、
誰でもが一台づつ持っている携帯電話では味わえないような気がする。
今思えばこれもいい経験だったように思う。

メール、カメラ、動画と、どんどん新しい機能が内蔵されて進化していく携帯電話。
一つの機械でこんなに早く多機能を備えていった物は、他に例を見ないと思う。
さて、10年、20年後、携帯電話はどんな形で、どんな機能で、
社会に対してどんな新たな役割をするのでしょうか?全く想像できません。
もちろん、「電話は話せたらいい」と考えている古い私の頭ですが………。
大変便利だということはよくわかっているのだが。


執 筆 者:亀屋良永 下邑 修(企画委員)
イラスト:     辰巳 優

■ バックナンバー
その1  お寺と子供たち
その2  おばあちゃんたちの原宿
その3  2003年8月の地蔵盆
その4  大正の寺町通り、五盛会(ごせいかい)
その5  幸せって?!
その6  わいど!ABC
その7  祭りの思い出
その8  便利な物とはわかっているけど
その9  まちのサンパツ屋さん
その10 ご近所さん
その11 休日
その12 なごみの薬
その13 ちょっとうれしい体験をしました。
その14 45オブジェ